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    <title>制作日誌</title>
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    <updated>2011-07-25T14:17:51Z</updated>
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    <title>「子ども放送局」というきっかけ</title>
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    <published>2011-03-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-25T14:17:51Z</updated>

    <summary>二〇一〇年十一月。私は、二日間にわたり、昭島市立つつじヶ丘南小学校の児童十二名と「昭島子ども放送局」を行った。子ども放送局とは、小中学生が自分の住む街を紹介する番組を制作し、地域の魅力を再発見しようというものだ。子供たちが取材、企画、撮影、編集をして、私たち大学生は、子供たちの活動をサポートする。私はプロデューサーとして、この子ども放送局の統括を行った。 今回番組では、昭島市で毎年行われている、昭...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <![CDATA[<p>二〇一〇年十一月。私は、二日間にわたり、昭島市立つつじヶ丘南小学校の児童十二名と「昭島子ども放送局」を行った。子ども放送局とは、小中学生が自分の住む街を紹介する番組を制作し、地域の魅力を再発見しようというものだ。子供たちが取材、企画、撮影、編集をして、私たち大学生は、子供たちの活動をサポートする。私はプロデューサーとして、この子ども放送局の統括を行った。</p>

<p>今回番組では、昭島市で毎年行われている、昭島市産業まつりをリポートした。今年で六年目になる「昭島子ども放送局」では、過去に何度か昭島市産業まつりを取り上げてきた。そのため「どうやって番組に新鮮さを持たせるか」ということが、大きな課題だった。先生や他のゼミ生にも相談しながら、何日も考えた。そして出した結論は、「子どもの年齢を下げる」というものだった。今まで一緒に活動してきたのは、小学校高学年の子どもが中心だ。そこに小学校三年生の子どもも加えて、一緒に番組を作ろうと考えたのだ。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110301_akishima_01.jpg" alt="[画像]" width="240" height="179"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ 撮影の準備をする子供たち</div>
</div>

<p>それから小学校の先生方と何度も相談を重ねた。子ども放送局のプレゼンテーションや打ち合わせをして、小学三年生の子どもとも一緒に活動できることになった。こうして、六年生八名、三年生四名の合計十二名と行う、子ども放送局が始まった。</p>

<p>撮影当日、子どもたちと初対面した。子どもたちはみんな笑顔で挨拶をしてくれたが、その中に一人、表情が硬い子どもがいた。小学三年生の女の子だった。彼女は撮影前の話し合いでも、みんなの意見を聞いているだけで、自分の考えを発言していなかった。私は、「せっかく参加してくれたのだから、この二日間を彼女のためになるものにしてあげたい」と思い、積極的に彼女に話しかけた。彼女は「撮影を頑張りたいけれど、話すのが苦手なので不安なんです」と言っていた。そこで、私は彼女と一緒に何度も練習して、本番に備えた。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110301_akishima_02.jpg" alt="[画像]" width="240" height="180"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ 全員で産業まつりをリポートする様子</div>
</div>

<p>そして、彼女がリポートする番になった。私は少し不安だったが、カメラを向けると、その心配もすぐに無くなった。彼女は初めてとは思えないほど、上手にリポートしてくれたのだ。「すごく上手だよ」と褒めてあげると、彼女は「やったー！」と嬉しそうにほほ笑んだ。その瞳はキラキラと輝いていた。撮影が終わる頃には、彼女は、仲間のリポートにアドバイスしてあげるようにまでなっていた。彼女を含め、子どもたちは、より良い番組を作ろうと一生懸命だった。その姿を見ていると、私も「子どもたちがあんなに一生懸命なんだから、もっと頑張らなきゃ」と、さらに撮影に力が入った。だんだんみんなの気持ちが一つになっていったような気がした。撮影が終わると、子どもたちから自然と拍手が湧いた。その中で一番大きな拍手をしていたのは、始めは誰よりも自信がなさそうだった、あの女の子だった。他の子に「お疲れさま」と声を掛ける彼女の表情は、達成感に満ち溢れていた。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110301_akishima_03.jpg" alt="[画像]" width="240" height="179"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ 子供たちが映像を編集している様子</div>
</div>

<p>撮影から二週間後には、撮った映像を編集した番組の上映会を行った。上映会には、子どもたちの担任の先生や保護者の方々にも来ていただいた。上映中には、笑い声と感嘆の声があがり、最後は教室中が大きな拍手に包まれた。三年生の担任の先生も「三年生でもこんなに上手にリポート出来るなんて、驚きました」と、感動していた。始めは自信がなさそうだったあの女の子は、その様子を誇らしげに見ていた。その姿は、初めて出会った二週間前よりも、一回りも二回りも大きく見えた。</p>

<p>そして別れの時、女の子は私のもとに駆け寄ってきて、満面の笑みでこう言った。「二日間を通して、自分に自信を持てるようになったよ。子ども放送局に参加して本当に良かった。ありがとう」。その言葉に、私は涙を止めることができなかった。子ども放送局が、彼女の成長のきっかけとなった。そして、プロデューサーとして、私がそのきっかけを与えることができた。それが何よりも嬉しかった。それに私も彼女から教えてもらった。あきらめずに何度も挑戦することの大切さ、苦手は乗り越えられるのだということ。小学生をサポートするつもりが、私のほうが、学ばせてもらった二日間だったかもしれない。彼女たちに出会えたことを幸せに思った。</p>

<p>子どもたちは家に向かって歩きながら、何度も後ろを振り返り、手を振ってくれた。「この二日間で得た自信が、彼女たちの心の中でいつまでも生き続けますように」。そう思いながら、夕日に消えていく子どもたちの背中を、私はいつまでも見つめていた。</p>
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    <title>子ども放送局で見つけた魅力</title>
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    <published>2011-01-02T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-25T14:17:58Z</updated>

    <summary> ▲ ダンスグループ・サンバルカンの方々 私は、第七七回多摩探検隊「東小学校子ども放送局　ブルガリア国際交流授業リポート」でディレクターを務めた。二〇一〇年二月一八日、東京都昭島市立東小学校でブルガリアについて学ぶ国際交流授業が行われた。番組では、小学六年生の二人のリポーターの女の子がブルガリアからの留学生たちとふれあい、国際交流をする様子を取り上げた。 取材当日。授業が始まり、いよいよ撮影開始だ...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <![CDATA[<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110102_bulgaria_01.jpg" alt="[画像]" width="240" height="160"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ ダンスグループ・サンバルカンの方々</div>
</div>

<p>私は、第七七回多摩探検隊「東小学校子ども放送局　ブルガリア国際交流授業リポート」でディレクターを務めた。二〇一〇年二月一八日、東京都昭島市立東小学校でブルガリアについて学ぶ国際交流授業が行われた。番組では、小学六年生の二人のリポーターの女の子がブルガリアからの留学生たちとふれあい、国際交流をする様子を取り上げた。</p>

<p>取材当日。授業が始まり、いよいよ撮影開始だ。子どもたちがカメラの前に立ち、「ブルガリアの民族舞踊を踊ってくれています」とリポートを始めた。その様子を見ていた私は、あまりのリポートの上手さに驚いた。笑顔やアイコンタクトがとても印象的だった。初めのうちは緊張しているようで、上手く言葉が出てこないこともあったが、慣れていくうちにだんだんと自然にリポートも出来るようになった。そんな様子を見て、私は、彼女たちは飲み込みの早い、何でもこなせる子どもたちなのかと思っていた。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110102_bulgaria_02.jpg" alt="[画像]" width="240" height="160"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ 校長先生にインタビュー</div>
</div>

<p>ところが、番組制作を通してお世話になった東小学校の校長先生から、後日このようにうかがった。</p>

<p>「リポーターのうちの一人は、学校の勉強が、あまり好きな子どもではないんです。なので、しっかりとリポートができるか担任の先生と心配したこともありました。今回子ども放送局をやり遂げたことは、彼女たちの自信になったようでした」</p>

<p>私は、その話を聞いて、びっくりした。落ち着いた声で、笑顔を浮かべながらリポートする姿を見ていると、とてもそういう一面をもっているようには思わなかったからだ。学校の勉強とは違う才能が見られた瞬間だったかもしれない。そんな才能を発揮することが出来るという一面も、子ども放送局の魅力であると実感した。私は、その魅力が少しでも伝えられるよう、番組をまとめようと決めた。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110102_bulgaria_03.jpg" alt="[画像]" width="240" height="160"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ 小学生二人がリポーターに挑戦</div>
</div>

<p>リポーターを務めた児童たちは、六年生だった。何とか三月の卒業式までに番組を完成させ、DVDに収めて彼女たちに渡したい。そこから、連日連夜の編集作業が始まった。そして、三月には何とか番組を完成させることができた。</p>

<p>三月二四日。私は番組のDVDを片手に、卒業式へと向かった。学校に到着し、そのDVDをリポーターを務めた女の子二人に渡すと、彼女たちは、「ありがとう！」ととびきりの笑顔で応えた。</p>

<p>その笑顔を見て、私の努力が少しだけ報われたような気がした。せめてこの経験が少しでも彼女たちの今後の人生の糧になってくれたらと思う。彼女たちは、卒業証書とDVDを握りしめながら、桜咲く道を走りぬけて行った。その後ろ姿は、前よりほんの少しだけ大きく見えた。</p>
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    <title>本当に大切なこと</title>
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    <published>2011-01-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-22T05:40:36Z</updated>

    <summary> ▲ ブルガリアからの留学生にインタビュー 二〇一〇年二月十八日、私たちは、東京都昭島市立東小学校の子どもたちと一緒に、ブルガリア留学生との国際交流授業について、子ども放送局でとりあげた。子ども放送局とは、小学生が企画、撮影、リポートを行い、大学生のアシストのもとで一つの番組を完成させるというプロジェクトだ。今回は、東小学校で行われた国際交流授業について、小学校六年生二人がリポートするのを大学生が...</summary>
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        <![CDATA[<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110101_bulgaria_01.jpg" alt="[画像]" width="240" height="160"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ ブルガリアからの留学生にインタビュー</div>
</div>

<p>二〇一〇年二月十八日、私たちは、東京都昭島市立東小学校の子どもたちと一緒に、ブルガリア留学生との国際交流授業について、子ども放送局でとりあげた。子ども放送局とは、小学生が企画、撮影、リポートを行い、大学生のアシストのもとで一つの番組を完成させるというプロジェクトだ。今回は、東小学校で行われた国際交流授業について、小学校六年生二人がリポートするのを大学生がサポートして、番組にまとめた。ブルガリアの民族舞踊を踊ったり、留学生が行った授業の中でキリル文字を書いてみたり、ブルガリアの伝統工芸・マルテニツアを作ってみたりする様子をまとめたものだ。番組は、第77回多摩探検隊『東小学校子ども放送局　ブルガリア国際交流授業リポート』として放送された。私は番組プロデューサーとして、企画を立ち上げる段階から制作に関わっていた。</p>

<p>企画があがったとき、私はディレクターと一緒に頭を抱えていた。「国際交流授業といってもどこにでもある単なる授業じゃないのか。それをどう描いたら番組にできるのだろう･･･」。そんな不安が浮かんでいたからだ。どんな番組にするか、何度も議論を重ねたが、不安は一向に解消されないまま、本番当日を迎えてしまった。</p>

<p>本番当日。朝早くから、沈んだ面持ちのまま、私たちは東小学校に入っていった。しかし、民族舞踊、ブルガリアからの留学生の授業と撮影を進めていくうちに、どんなときも子どもの笑顔が耐えないことに、驚かされることになった。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110101_bulgaria_02.jpg" alt="[画像]" width="240" height="160"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ いい匂いがします</div>
</div>

<p>初めて踊るブルガリアの民族舞踊。それを前にして、子どもたちは往左往していた。踊っているうちにどうしても足がもつれてしまう子や、転んでしまう子もいた。それでも、その表情からは、子どもたちが本当に楽しんでいることが分かった。授業のときには、留学生がおもむろに一本ずつ綿棒を配り始めた。そして、その綿棒を嗅いでみるように言う。番組のリポーターを務めた女の子二人もおそるおそる鼻に綿棒を近づけた。すると、そこからは、ブルガリア産のバラの香りがした。「うわっ、いい香り」。リポーター2人がカメラの前で見せた顔も、また笑顔だった。</p>

<p>撮影を通して、そのたくさんの笑顔を見ているうちに、私はハッと気が付いた。「自分は、番組ができるかどうかの不安を抱えているばかりで、本当に大切なことを忘れてしまっていたのではないだろうか･･･」と。そして、私はディレクターと話し合って、番組では子どもたちが心の底から楽しむ姿をそのまま伝えよう、と決めたのだ。それから、小学生と考えた番組の軸を元に、わたしたち大学生が番組を仕上げる作業に取り組んだ。夜遅くまで、ディレクターが編集したVTRを、私が見て意見を言い合う日々が続いた。そして、何とか番組を完成させ、多摩探検隊として放送することができた。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20110101_bulgaria_03.jpg" alt="[画像]" width="240" height="160"  /></div>
<div class="photo_caption">▲ 留学生の方の授業を、真剣に聞きいる</div>
</div>

<p>番組制作を終えた今、私は「今回の子ども放送局で教えられたのは、むしろ私のほうだったんじゃないか」と思っている。形にとらわれすぎて、本当に伝えるべきもの、そして心の底から楽しむことを忘れていた。そんな私に、子どもたちの笑顔が、どんな時もまっさらな心で楽しむことの大切さを教えてくれたのかもしれない。</p>

<p>これからの人生のなかで、私はいくつもの壁にぶつかるだろう。それは、今回の子ども放送局で私が抱えた不安より何倍も大きなものなのかもしれない。しかし、それでも子どもたちが教えてくれた、心の底から楽しむことの大切さだけは忘れないようにしよう。東小学校の子供たちのいくつもの笑顔を思い出しながら、私はそう誓っている。</p>
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    <title>昭島子ども放送局</title>
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    <published>2010-02-02T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T12:30:27Z</updated>

    <summary> 「このお仕事をしていて大変なことは何ですか？」 「うーん...、朝...早く起きなくてはいけないことですね」。 今年の冬、取材に行った和菓子屋のご主人と子どもレポーターのやりとりだ。少し、困りながらも、正直に答えてしまうご主人の表情がカメラに収められている。もしかしたら、子どもにしか作り出せないと思える、クスッと笑える微笑ましい雰囲気だ。この雰囲気が「子ども放送局」の売りである、と私は思う。子ど...</summary>
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        <![CDATA[<!--第63回「親子でつなぐ和菓子屋」ディレクター-->

<p>「このお仕事をしていて大変なことは何ですか？」</p>

<p>「うーん...、朝...早く起きなくてはいけないことですね」。</p>

<p>今年の冬、取材に行った和菓子屋のご主人と子どもレポーターのやりとりだ。少し、困りながらも、正直に答えてしまうご主人の表情がカメラに収められている。もしかしたら、子どもにしか作り出せないと思える、クスッと笑える微笑ましい雰囲気だ。この雰囲気が「子ども放送局」の売りである、と私は思う。子ども放送局とは、子どもたちが自ら撮影、インタビュー、レポートを行って作る番組だ。大学生の私は、子ども達のサポート役として携わった。</p>

<p>昭島市にいくつか和菓子屋がある。その一つの和菓子屋のご主人は、カステラ作りを得意としている。ご主人が考案したカステラは、同じ昭島市で採れた、黄身が濃厚な卵を原料として使っている。今回、子どもたちはそのカステラ作りに挑戦したのだ。それだけでなく、冒頭にあったようにインタビューも行う。ご主人はもちろんのこと、ご主人のお父さんにもインタビューをした。子どもたちからすると「おじいちゃん」の年代だ。昔から、昭島市にあったお店で、おじいちゃんは昔の昭島の様子も語っている。子どもたちは、和菓子屋のおじいちゃんへのインタビューを通して、自分たちの住む町の歴史にも触れることができるのである。</p>

<p>子ども放送局は、子どもたちがメディアについて考えたり、実践することだけが目的ではなく、自分たちの住む地域について学んだり、その地域で今まで交流のなかった人と触れあうといった「地域再発見」「地域活性化」を一つの目的としている。</p>

<p>私は、昭島市以外の地域でも子ども放送局に携わってきたが、「地域活性化」という目的を達成するのは難しく、曖昧なものであるような気もする。一体どうしたら「地域活性化」と言えるのだろうか。その形というか、こういう番組を作って実際に変わったことはあるのだろうか。</p>

<p>子ども放送局に参加した当初、私は子どもたちの番組が完成できるように、サポートに必死になっていたが、少し経ってからそんなことを考えるようになった。</p>

<p>子ども放送局では放送だけでなく、出来上がった番組をDVDにして子どもに渡す。子どもたちは、嬉しそうに受け取ってくれる。そして、取材先である和菓子屋に届けに行った。ケーブルテレビ放送用に編集をした私は、和菓子屋さんのご主人と一緒に番組を観た。少し照れ臭そうだったが、「ありがとう」と喜んでくれた。ご主人の息子の赤ちゃんが、テレビに映っているお父さんを観て、一瞬唖然としていたのも印象的だった。すると、ご主人がカステラを買いにきたお客さんの話をしてくれた。その人は、番組に出演した子どもの親御さんらしい。一度は名前を名乗って来店したが、その後は「名乗らないで、でも、何回も来てくれているらしいよ」。</p>

<p>そう言えば、子どもの一人が話してくれた。「お父さん、あそこのカステラ気に入っちゃったみたい」。</p>

<p>子ども放送局を通して、地域の中で新しいコミュニケーションが生まれているのは確かかもしれない。それは、小さなものでなかなか形として表れることはなくても。子ども放送局が地域に目を向ける「きっかけ」になったみたいで良かったな、と思う。</p>]]>
        
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    <title>私と昭島の子どもたち</title>
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    <published>2009-11-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T12:01:49Z</updated>

    <summary> 2009年3月25日。中央大学の多摩キャンパスで卒業式が行われたこの日、私は大学に向かう前に、東京都昭島市へ向かった。FLP松野良一ゼミのプロジェクトである「昭島子ども放送局」に参加したつつじヶ丘南小学校の子どもたちが、同じ日に小学校を卒業する。この「昭島子ども放送局」で、私はプロデューサーという立場でプロジェクト全体の運営を行った。プロジェクトの初日、ものすごく緊張しながら歩いた小学校への道の...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kodomotv.net/diary/">
        <![CDATA[<!--第58回「昭島子ども放送局が産業まつりをリポート！」TA-->

<p>2009年3月25日。中央大学の多摩キャンパスで卒業式が行われたこの日、私は大学に向かう前に、東京都昭島市へ向かった。FLP松野良一ゼミのプロジェクトである「昭島子ども放送局」に参加したつつじヶ丘南小学校の子どもたちが、同じ日に小学校を卒業する。この「昭島子ども放送局」で、私はプロデューサーという立場でプロジェクト全体の運営を行った。プロジェクトの初日、ものすごく緊張しながら歩いた小学校への道のりを、この日再び歩くと、当時の思い出が次々と思い出された。</p>

<p>私と小学生が初めて会ったのは、2008年、11月8日。子ども放送局では、11月に毎年、昭島市内で2日間かけて行われる産業祭りを小学生たちが取材し、VTRを制作している。私たち大学生がそのサポートをする。1日目に事前取材を行い、2日目に実際にカメラを回し、お祭りの様子をリポートする。今回も12人の小学生が参加した。どの子たちも初めは緊張している様子だったが、班の中の話し合いが進むにつれて、だんだんと笑顔が見られるようになってきた。ただ1人、女の子のAちゃんは作業がどんどん進んでも、なんだか浮かない顔でいる。その子のことが気になってしまい、時間を見つけてはAちゃんの班へ行ってみた。撮影が進むにつれ、何回もリポートを続けていくうちに、彼女にもだんだんと自然な笑顔が出てきた。でも、みんなで休憩している時、なかなかみんなの輪に入れず、一人だけ離れて座っている。「Aちゃんは、子ども放送局をやってみて、何か変わることができたのだろうか・・・」。お祭り会場からの帰り道、Aちゃんと2人で歩きながら、ふと考えてしまった。</p>

<p>3日目、小学校で編集、上映会を行った。上映会では、自分たちのリポートが大きなスクリーンに映し出され、たくさんの人が見て笑い、そして拍手をする。舞台挨拶するときも、最初にあった時より何倍も、子どもたちは堂々と話している。事前取材から撮影、編集、そして発表会までを自分たちの手で行うことで、自信がついたのかもしれない。たった3日間の経験で、ここまで子どもたちに変化が見られるとは思っていなかった。自分がこのプロジェクトで、子どもたちに何かを残せたのかもしれない。そう思い、嬉しい気持ちでいっぱいになった。</p>

<p>上映会も終わり、子どもたちを校門前まで見送る。しばらく子どもたちと会えなくなると思うと、少し寂しい気持ちになり、いつもより遠くまで見送りに行った。子どもたちと別れ、私は小学校まで戻ろうとすると、1人だけ私についてくる。Aちゃんだ。どうかしたのかと聞くと、「本当は私だけはみんなと逆方向なんだ。でも、今日はみんなと一緒に帰ろうかなって思って･･･」とAちゃん。少し遠回りになるけどみんなと一緒に帰るなんて、本当に些細な変化なのかもしれない。けれど、Aちゃんがもし子ども放送局を経験しなかったら、そこまで積極的になれなかったかもしれない。同級生といっしょに帰っていくAちゃんの後姿をみながら、私は子ども放送局をやって本当に良かったと思った。</p>

<p>プロジェクトを振り返ってみると、私自身、プロデューサーとしてもっとこうしておけば良かったと思う点がたくさんある。もしかしたら、自分ではなく他の人が代わりを務めた方が、もっとうまくいったかもしれない。そんな事を考えているうちに、あっという間に卒業式が行われる小学校に着いた。久しぶりに会う子どもたちは、前よりも何倍も大人っぽくなっている。子どもたちが撮影したVTRのDVDを、1人１人に「おめでとう」と言いながら渡していく。最後にAちゃんの番になった。DVDを手渡すと、「子ども放送局、楽しかったよ」。思いがけないAちゃんの言葉に、胸がいっぱいになって、返す言葉がみつからなかった。この子ども放送局を通して、私自身の方こそ何倍も成長させてもらったような気がする。</p>

<p>私たちは子どもたちに別れを告げて帰路に着いた。歩き始めてしばらくして振り返ると、遠くに、ずっと手を振り続ける子どもたちの姿があった。今回、プロデューサーとして子ども放送局を運営することができて、そして、この子たちに出会えて本当によかった・・・。私は、強くそう思いながら、またゆっくりと歩き始めた。</p>]]>
        
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    <title>隠された魅力</title>
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    <published>2008-05-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T12:00:58Z</updated>

    <summary> 『子ども放送局』の魅力は、番組の中で大人に投げかける意表をついた質問や、子どもたちの自然な表情や行動の面白さだ。しかし番組からではわからない、一緒に活動する大学生にしか味わえない魅力がある。レポートをするうちに子どもたちがどんどん成長していくことが感じられることや、それを見て大学生の自分も変わる事ができることなど挙げていけば、きりが無い。 昭島市立つつじが丘南小学校の六年生の生徒とは、昨年十一月...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <![CDATA[<!--第49回「伝統の音色 手作り琴レポート―昭島子ども放送局」ディレクター-->

<p>『子ども放送局』の魅力は、番組の中で大人に投げかける意表をついた質問や、子どもたちの自然な表情や行動の面白さだ。しかし番組からではわからない、一緒に活動する大学生にしか味わえない魅力がある。レポートをするうちに子どもたちがどんどん成長していくことが感じられることや、それを見て大学生の自分も変わる事ができることなど挙げていけば、きりが無い。</p>

<p>昭島市立つつじが丘南小学校の六年生の生徒とは、昨年十一月に産業まつりをレポートした番組を制作していた。二月に実施された今回の撮影は二回目で、昭島の町にある面白いものをレポートするというものだった。『多摩探検隊』の撮影とは違い、初めて撮影をする子どもたちを連れて、初めて訪れる祭を取材するという難しさがあり、コメントが思いつかない子どもと一緒に言葉を考えるなど、大学生が指導する場面が多々あった。今回の撮影も事前に段取りを入念に考え、子どもたちを引っ張っていこうと意気込んでいた。</p>

<p>三ヶ月ぶり再会した子どもたちは、三月に小学校を卒業するとあって、服装や顔つきが十一月の時よりも少し大人っぽくなっていた。しかしすぐ騒ぎ出したり遊びたがったりするところは、やはりまだ小学生っぽさを残していた。取材先の琴職人さんに質問したいことを事前に考える作業では、子どもたちが率先してアイディアを出し、大学生から紙とペンを奪って三〇個以上も書き出してしまった。</p>

<p>撮影に入ると、産業まつりの時とはまるで異なり、レポートやコメントが格段に上手くなっている事に驚いた。普段大学生がレポーターを務めるときでも、事前にディレクターと話し合い、撮り直しを何回かするものだが、今回の東京琴のレポートはほとんどが一回目のレポートである。産業まつりの時にはなかなかコメントが思いつかず、カメラの前で戸惑っていたのが、三ヶ月後の撮影では感じたことを自分の言葉で表現できるようになっていたのだ。インタビューをする時も、前回は話を聞いている最中に集中が途切れてしまったりしていたが、まっすぐ職人さんの顔をみて話を聞き、すぐにコメントを言うことができた。始めこそ職人さんを前に緊張していたが、琴作りについてのインタビューを続けるうちに自信を持った表情に変わり、アドリブで質問をしてしまうくらい積極的に取材をし始めたのだ。子どもを指導しながら撮影をするつもりが、実際には小学生がどんどん質問をして撮影を進めていた。この三ヶ月の間に、そしてこの撮影の間に、子どもたちは止まることなく成長していく。撮影が終わる頃には、子どもとして接するのではなく、ともに取材をする撮影クルーとして小学生と接する自分がいた。</p>

<p>子どもたちは大人とは比較にならないスピードで成長し、周りのものを吸収していく。彼らを見た後に自分のことを振り返ると、もっと自分を育てなければと反省してしまう。子どもの成長を目のあたりにすると、自分のことがよく見えてくる。自分を省みる機会があるのも『子ども放送局』の魅力の一つなのだ。</p>]]>
        
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    <title>8年後の彼らに</title>
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    <published>2008-04-02T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T12:10:37Z</updated>

    <summary> 「そういえば、小学生のころ、近所の大学生と毎日遊んでた時期があったっけ」 夜遅くまで、見あげるように大きい大学生とサッカーやドッヂボールをしていた日々。完成した「子ども放送局」のVTRを見ながら、ふと思い出した。 子ども放送局とは、小学生・中学生が自分の住む町をレポートする番組をつくるプロジェクトである。大学生はTA（Teaching Assistant）として子どもたちをサポートする役割を担い...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <category term="昭島子ども放送局" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<!--第48回「クジラを探して大冒険！！―昭島子ども放送局」番組プロデューサー-->

<p>「そういえば、小学生のころ、近所の大学生と毎日遊んでた時期があったっけ」</p>

<p>夜遅くまで、見あげるように大きい大学生とサッカーやドッヂボールをしていた日々。完成した「子ども放送局」のVTRを見ながら、ふと思い出した。</p>

<p>子ども放送局とは、小学生・中学生が自分の住む町をレポートする番組をつくるプロジェクトである。大学生はTA（Teaching Assistant）として子どもたちをサポートする役割を担い、企画、撮影、編集は小中学生が行う。時が経つのは早いもので、今では私も思い出のなかの大学生と同じ年になった。そして、子ども放送局のTAとして、かつての私と同じ年の子どもたちとふれ合うようになった。</p>

<p>二〇〇八年度は、七月に福井県で「高浜子ども放送局」が、十一月と二月に東京都の昭島市で「昭島子ども放送局」が行われた。私はそのうちの二回の昭島子ども放送局に携わった。</p>

<p>今だからこそ言えるが、最初子ども放送局のTAをすることは億劫だった。子どもとどう接すればいいのかわからない。きちんとまとめることができるのか、という不安もあった。</p>

<p>しかし、この思いと裏腹に、私は昭島子ども放送局のTAを務めることになった。理由は簡単だった。各々のスケジュールを考えたうえで、TAをできそうなのが私しかいなかったのだ。</p>

<p>決して本望とは言えない形でTAになった私は最初、子ども放送局に対する不安を払拭しきれずにいた。しかし、十一月、二月と二回の子ども放送局を経験していくにつれ、それらの不安はあまり感じられなくなっていった。</p>

<p>もちろん不安はあったが、それを感じなかったのは、私のなかでいつの間にか、子ども放送局に対する不安よりも期待のほうが勝るようになっていたからだろう。</p>

<p>子ども放送局に対する期待。それは、撮影を通して、目に見えて成長する子どもたちの姿に立ち会える、という期待である。最初は、TAが助言しないと出てこなかった取材相手への質問が、二月の子ども放送局のときには、メモをとるのが追いつかないくらい次々とでてくる。用意されたルーズリーフは、質問を書いたポストイットでいっぱいになった。また、大学生のあとに続いてしかあいさつできなかった子どもたちが、終盤にもなると何も言わないでもあいさつできるようになっていた。</p>

<p>きっと、これらのことは決して私たちのサポートでできるようになったというものではなく、子どもたちが自然に習得していったものだろう。そうだとしても、子どもの成長を実感できることに、TAの喜びを感じた。</p>

<p>おそらく参加した子どもたちは、かなり特異な体験をした小学生ということになるだろう。大学生といっしょに町を歩き、知らない人にインタビューする。決して学校の授業では体験できないことばかりだ。</p>

<p>子どもたちが二十歳になるまで、あと八年。子ども放送局は、これからの彼らの成長のために何かを残すことができたのだろうか、なんてことを考える。</p>

<p>でも、子どもたちが今の私と同じ歳になるころ、</p>

<p>「そういえば、小学生のころ、大学生と子ども放送局なんてやってたっけ」</p>

<p>なんて、ふと思い出してくれたら、それだけでうれしい。</p>
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    <title>子ども放送局が残したもの</title>
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    <published>2008-04-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T13:22:42Z</updated>

    <summary> 三月末、桜が満開になり春の訪れを感じるころ、昭島市立つつじが丘南小学校の卒業式に行った。「子ども放送局」の制作に携わった小学六年生の卒業を祝うためだ。「おめでとう」と言うと、「ありがとう」と笑顔で答える子どもたちの顔を見て、ふと、小学校生活六年間の思い出に、どれほど子ども放送局が残っているだろうか、大袈裟だが、自分たち大学生が、どれだけ彼らに思い出として子ども放送局を残してあげられたか、と考えた...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <category term="昭島子ども放送局" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kodomotv.net/diary/">
        <![CDATA[<!--第48回「クジラを探して大冒険！！―昭島子ども放送局」ディレクター-->

<p>三月末、桜が満開になり春の訪れを感じるころ、昭島市立つつじが丘南小学校の卒業式に行った。「子ども放送局」の制作に携わった小学六年生の卒業を祝うためだ。「おめでとう」と言うと、「ありがとう」と笑顔で答える子どもたちの顔を見て、ふと、小学校生活六年間の思い出に、どれほど子ども放送局が残っているだろうか、大袈裟だが、自分たち大学生が、どれだけ彼らに思い出として子ども放送局を残してあげられたか、と考えた。</p>

<p>二月十六日・十七日の二日間、「第二回 昭島子ども放送局」が開催された。小学生が、地域の魅力を取材、企画、撮影、編集して一本のテレビ番組を制作する。大学生は、TA（Teaching Assistant）としてサポート役を務める。私が担当した班で取り上げたのは、「アキシマクジラ」である。昭和三六年、昭島市多摩川流域でクジラの化石が見つかった。番組では、子どもたちが発見者の息子さんへのインタビュー、化石の発掘現場、昭島市にあるクジラの看板などのレポート、そしてクジラの肉が売られている三多摩市場のレポートを通して、クジラに密着した。</p>

<p>子どもに取材した感想を聞くと、「何回も取り直すのが大変でした」と開口一番にこの言葉が出てきた。取材では、見ず知らずの大人に対して、話を聞いて、コメントをする。レポートでは、上手くいかず何度も撮り直しをすることもある。また、撮影では子どもたちにとっては大きなカメラを使って、被写体をうまくフレームで捉えなければいけない。撮影後は、本格的な編集ソフトを使用して構成を考えながら編集をする。おそらく人生の中で初めての経験であろうし、これからもそんな経験をすることはないだろう。普段何気なく「視聴者」として見ているテレビ番組を、「発信者」として制作する今回の体験は、子どもたちにとって大変なものであった。</p>

<p>しかし、苦労したぶん、子どもたちが得たものは大きかったと思う。それは、一回目の子ども放送局の時に比べて、臆することなく取材者の人にインタビューをしたり、撮り直しをしても、あきらめずに何度も撮影に取り組む真剣な子供たちの姿を見れば明らかだった。「子ども放送局のおかげで人前に出るのが少し好きになった」と、卒業文集に残してくれた子もいた。</p>

<p>子ども放送局を通じての彼らの思い出は、六年間の小学校生活の中でかけがえにない貴重なものになっていると思う。むしろ、TAとして参加した私も、彼らから大学生活の大切な思い出となるフィードバックを得たような気がする。これから、子どもたちが番組制作に携わることは生涯を通してないかもしれない。でも、彼らの中で今回得た経験が生き続けてほしい。</p>

<p>そう心から願って、大きめでブカブカのスーツを着て、一回り大きく見える、いや、内面的にも成長を遂げた彼らの姿に別れを告げて、小学校を後にした。</p>
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    <title>つながり</title>
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    <published>2008-01-02T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-25T14:01:24Z</updated>

    <summary> 「子ども放送局」 これは、FLP松野良一ゼミで「多摩探検隊」の制作と共に行なっているプロジェクトである。小中学生が自分の住む街を紹介し、地域の魅力を再発見しようというものだ。子どもたち自身が撮影やレポート、インタビューを行なっており、私たち大学生はそのサポートをしている。この活動は二〇〇三年から始まり、今年で五年目となった。毎年、七月には福井県高浜町で、二月と十一月には東京都昭島市で活動を行なっ...</summary>
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        <![CDATA[<!--第45回「昭島子ども放送局～昭島市産業まつり～」番組プロデューサー-->

<p>「子ども放送局」</p>

<p>これは、FLP松野良一ゼミで「多摩探検隊」の制作と共に行なっているプロジェクトである。小中学生が自分の住む街を紹介し、地域の魅力を再発見しようというものだ。子どもたち自身が撮影やレポート、インタビューを行なっており、私たち大学生はそのサポートをしている。この活動は二〇〇三年から始まり、今年で五年目となった。毎年、七月には福井県高浜町で、二月と十一月には東京都昭島市で活動を行なっている。</p>

<p>毎年、「昭島子ども放送局」の第一回目は、昭島市で行われる「昭島市産業まつり」をレポートすることになっている。今年で三年目となり、毎年出店や催しにあまり変化のない祭りをレポートするため、VTRはマンネリ化してきている。「どうしたら、今年らしさをだせるか」。長年続いてきたプロジェクトだからこそ、出てくる悩みだった。</p>

<p>「今年らしさ」を見つけるため、昭島市役所に産業まつりについて詳しい話を聞きに行った。担当である産業振興課の内野さんは第一回目の子ども放送局のときからお世話になっている方である。話の途中「○○さんはお元気ですか」と、今は社会人として活躍されているゼミの一期生の名前が出てきた。私も名前を知っているだけで、直接はお会いしたことのない先輩である。私の目の前にいる内野さんは、子ども放送局の始まりを知っている。私よりもずっと昔から子ども放送局を知っているのだ。そう思うと、なんだか不思議な感じがした。</p>

<p>私が「子ども放送局」といって市役所を訪れて、親切にお話を聞いて下さるのも、先輩方の残した功績があるからである。プロジェクトを始めるにあたって、市役所や学校に活動を理解してもらうためにどれだけ大変だったか、と思うと、私のやっていることなんてどれだけ楽なのだろうかと思えてくる。「今年の子ども放送局ですが・・・」と恒例行事のように小学校に連絡することができるのも、先輩達がプロジェクトとして成功させ、認められたからなのだ。</p>

<p>できあがったVTRの上映会で校長先生が、「最初はお互いが手探りの状態でした。しかし、今年で四年目となり、プロジェクトとして完成し、今回はとても安心して見られました」とおっしゃってくれた。第一回目から子ども放送局の成長を見てこられた校長先生からの言葉はとても重みがあり、温かかった。目の前だけを見てひたすらに走ってきた私は、プロジェクトの大きさを改めて実感した。</p>

<p>「昔」があるから「今」がある。「先輩」がいるから「私たち」がいる。今回の昭島子ども放送局の活動を通じて、その「つながり」の強さを感じることができた。</p>
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    <title>子どもたちの力</title>
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    <published>2008-01-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-25T14:01:18Z</updated>

    <summary> 今回の昭島子ども放送局に、私はTA（Teaching Assistant）として参加した。TAとは、子どもたちが映像制作をするサポート役を担っている。ＴＡ初挑戦の私にとっては、何をやるのか、どのように子どもたちに教えるのかイメージできておらず、全てが手探り状態だった。 昨年の産業まつりの映像を参考に、自分なりの構成表を練って、準備は万全に整えた。しかし、あくまで実際は本番にかかっていたため、当日...</summary>
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        <category term="昭島子ども放送局" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kodomotv.net/diary/">
        <![CDATA[<!--第45回「昭島子ども放送局～昭島市産業まつり～」TA-->

<p>今回の昭島子ども放送局に、私はTA（Teaching Assistant）として参加した。TAとは、子どもたちが映像制作をするサポート役を担っている。ＴＡ初挑戦の私にとっては、何をやるのか、どのように子どもたちに教えるのかイメージできておらず、全てが手探り状態だった。</p>

<p>昨年の産業まつりの映像を参考に、自分なりの構成表を練って、準備は万全に整えた。しかし、あくまで実際は本番にかかっていたため、当日は色々と困難尽くしだった。</p>

<p>主役は「子どもたち」であり、私たちはあくまでもサポート役である。そのため、撮影当日の祭りの様子を伺いながら子どもたちと話し合い、演出や構成を即座に練り直した。そして、取材者に撮影許可を頂き、取材項目を確認してから撮影に臨んだ。これらの作業を繰り返しているうちに、かなりの時間を費やしてしまい、効率的に撮影が進まなかった。私たちＴＡは、子どもたちと取材相手との意の思疎通をスムーズに図ることが重要である。しかし、自分が相手に何を伝えたいのか、相手から何を聞きたいのか、言葉のキャッチボールをこなすのは想像以上に難しく、自分の中で、もどかしい気持ちが膨れていった。</p>

<p>そのせいもあり、私自身が焦ってしまい、戸惑うことが多々あった。しかし、そのような時には、先輩たちがすかさず私のフォローをしてくださり、最終的には無事に撮影を終えることができた。</p>

<p>帰路に着き、産業まつりで撮影したビデオテープを確認した。きちんと撮れているか、ひとつの作品にすることができるのか、様々な不安を抱きながら子どもたちのインタビューの様子を確認していたはずなのに、気づけば自分も一視聴者として、画面のなかにいる子どもたちの表情やリアクションに魅了されていた。その日ずっと抱えていた私の不安と疲労を、一気に吹き飛ばしてくれたのである。純粋無垢な子どもたちには、そんな不思議な力が備わっているのだと感じた。</p>

<p>今回のTAを通して、伝えることや教えることの難しさを痛感した。また、私が困り果てた時に支えてくれた先輩、笑顔を絶やすことなく撮影に臨んでくれた子どもたち、そして色々と協力してくれたゼミの仲間には、感謝してもしきれない。</p>

<p>私だけでは、もちろん「子ども放送局」は作ることができない。子どもがいて、仲間がいたからこそ、今回のプロジェクトは成功したのだ。</p>

<p>今回の活動で、改めて仲間の大切さを感じることができた。これが、私がTAをした意義であると思う。</p>
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    <title>高浜子ども放送局</title>
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    <id>tag:www.japanfilm.net,2007:/kodomotvweb/diary//13.79</id>

    <published>2007-04-28T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-25T14:02:07Z</updated>

    <summary>※子どもたちの制作をサポートするティーチングアシスタント（TA）が執筆しています 白砂青松の町・高浜町 福井県高浜町という町をご存知だろうか。福井県の最西端にあり、若狭湾国定公園に指定されている。美しい海と山々に囲まれる人口12,000人ほどの小さな町で、夏には海水浴、冬にはフグやカニ目当てに、近隣の府県からたくさんの観光客が訪れる。関西電力の高浜原子力発電所がある場所といえば、耳にしたことがある...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <category term="高浜子ども放送局" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kodomotv.net/diary/">
        <![CDATA[<p class="small">※子どもたちの制作をサポートするティーチングアシスタント（TA）が執筆しています</p>

<h3>白砂青松の町・高浜町</h3>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20070428_takahama_01.jpg" alt="[画像]" width="240" height="180"  /></div>
</div>

<p>福井県高浜町という町をご存知だろうか。福井県の最西端にあり、若狭湾国定公園に指定されている。美しい海と山々に囲まれる人口12,000人ほどの小さな町で、夏には海水浴、冬にはフグやカニ目当てに、近隣の府県からたくさんの観光客が訪れる。関西電力の高浜原子力発電所がある場所といえば、耳にしたことがある方も多いだろう。</p>

<p>その高浜町で、毎年夏に「若狭たかはま漁火想（いさりびそう）」と呼ばれる町最大のお祭りが行われる。町おこしを基軸とした住民企画・参加型のイベントで、たくさんの住民たちがボランティアとして祭りを支え、観光や産業の推進に一役かっている。</p>

<h3>高浜子ども放送局とは</h3>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20070428_takahama_02.jpg" alt="[画像]" width="240" height="320"  /></div>
</div>

<p>この「漁火想」を、地元の小中学生たちが取材・撮影し放送用の番組を制作する「高浜子ども放送局」が、2003年から毎年おこなわれている。中央大学ＦＬＰジャーナリズムプログラム松野良一ゼミが、高浜町観光協会、高浜町教育委員会と協力しておこなっている地域情報化、地域活性化プロジェクトだ。</p>

<p>制作される番組には、漁火想の目玉イベントである砂浜キャンドルや水中花火に加え、町の人のゆかいなインタビューが盛りだくさん。2005年の作品では漁火想の様子だけでなく、街にくりだして高浜町の魅力をリポートした。子供たちのずっこけぶりと一生懸命さで、なぜか大爆笑してしまう番組ばかりである。</p>

<h3>子どもの成長にびっくり</h3>

<p>子供2、3人の撮影チームに学生1人がティーチング・アシスタント（TA）として付く。ビデオカメラでの撮影や取材交渉の仕方を教える。子供たちは最初、恥ずかしがってビデオカメラの前でリポートしたり、知らない人に声をかけることがなかなかできない。しかし、3時間もすれば自分でカメラを持って撮りたいものに駆け寄り、どうしたらきれいに撮れるかを考えたり、マイクを持ってしっかりレポートができるようになる。TAである私は、いつもその光景に感心させられてしまう。時には、取材対象にアドリブの質問をして笑わせてくれたりもするから驚きだ。</p>

<h3>地域情報化にも貢献</h3>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20070428_takahama_03.jpg" alt="[画像]" width="240" height="180"  /></div>
</div>

<p>町の人にインタビューをしようと出演のお願いをすると「ああ、前に○チャンネルでやっていたやつでしょ？見たよ。」と快く受けてくださる人も最近では出てきた。前年の番組をテレビで見て、興味をもったという声も聞いた。普段は緊急災害情報のための文字放送が多く流れるCATVのチャンネルに、子供たちの番組が流れることに相当のインパクトがあったのだろう。高度のインフラが整備されているもののコンテンツ不足という地域情報化の問題の解決にも、この子ども放送局は貢献しているようだ。</p>

<h3>上映会の感動</h3>

<p>過去の番組（合計5作品、3時間）を一挙上映する上映会も、2006年に高浜町文化会館のホールで行った。会場には地域の住民や役所の方々約70名が集まり、子供たちのリポートに爆笑したり感動したりする光景が見られた。</p>

<p>作品上映後に、制作者として舞台あいさつする子どもたちの姿は、撮影前にカメラの前でモジモジしていた彼らとは違う、自分たちの番組を完成させた喜びと自信に満ち溢れていた。</p>

<p>来場した地域の方々は、「面白かった」「子供たちのレポートがかわいかった」など、さまざまな感想を下さった。中には「高浜町にはいい所がいっぱいあると、改めて知った」と、町にさらに愛着を感じるお客さん。特に印象に残っているのは、学校の先生や親御さんたちが「子供たちはとてもよく頑張った。ほめてあげたい。」と、目に涙を浮かべていたことだ。子供たちの番組がこれほどの感動を呼ぶとは予想しておらず、この上映会は私にとって印象深いものになった。</p>

<h3>子ども放送局の意味</h3>

<p>私はこの活動に携わったことで、わかったことが3つある。</p>

<p>1. 子供放送局のプロジェクトは、メディア教育にとても効果的である。普段視聴しているだけのテレビ番組を子供たちが自分の手で制作することによってメディアリテラシー（メディアを読み解き、批評的に視聴する能力）、および自ら取材活動を行うことによる自主性・コミュニケーション能力の育成に役立つ。</p>

<p>2. 子供たちが制作した番組は、コンテンツとしての価値が高い。地域のことを子供たちがリポートし、紹介する番組は、芸能人リポーターが出演する番組とは違う魅力があり、時には子供たちの方が面白い番組を作ることができる。</p>

<p>3. 子供たちの番組は、地域活性化の起爆剤になる。子供たちが街をリポートすることによって自ら地域のことを知るということはもちろん、地域の面白い番組を地域の人々が見ることによって地域への興味や愛着を感じることにつながる。それが地域の活性化にとって重要な要素になる。</p>

<p>子供放送局の魅力は、なんといっても感動だ。面白いのは番組だけではない。子供たちの成長、地域の魅力の再発見...。地域の皆さんと一緒になって番組を制作し、そのコンテンツによって地域に新しい価値を創造する。地域の行政や企業だけではできない、みんなで作り上げる地域活性化がそこにはある。</p>]]>
        
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    <title>忘れがたい出会い</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kodomotv.net/diary/20070401_akishima/" />
    <id>tag:www.japanfilm.net,2007:/kodomotvweb/diary//13.89</id>

    <published>2007-04-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T12:21:13Z</updated>

    <summary> どうしてこんなにも強くひかれたのだろう。取材先のご主人たちと別れたあと、私は考えこんでいた。 出会いは昨年の11月に行われた昭島産業まつり。東京都昭島市にある、つつじが丘南小学校の6年生たちとの活動「昭島子ども放送局」での取材だった。「昭島子ども放送局」は、地域の隠れた魅力を再発見するプロジェクトで、子どもたちと取材や撮影、編集を行い、1つの番組を作り上げていく。 産業まつりで出店していたブース...</summary>
    <author>
        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <category term="昭島子ども放送局" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kodomotv.net/diary/">
        <![CDATA[<!--「2007昭島子ども放送局」プロデューサー-->

<p>どうしてこんなにも強くひかれたのだろう。取材先のご主人たちと別れたあと、私は考えこんでいた。</p>

<p>出会いは昨年の11月に行われた昭島産業まつり。東京都昭島市にある、つつじが丘南小学校の6年生たちとの活動「昭島子ども放送局」での取材だった。「昭島子ども放送局」は、地域の隠れた魅力を再発見するプロジェクトで、子どもたちと取材や撮影、編集を行い、1つの番組を作り上げていく。</p>

<p>産業まつりで出店していたブースの中に、忙しそうに動き回る男性がいた。彼が「昭島ロール」の生みの親、「栄楽堂」のご主人である中村さんだった。昭島ロールとは、昭島の材料にこだわったロールケーキである。小麦粉の代わりに米の粉を用い、昭島産の卵、栗、梨などを使用しているのだという。試食したレポーターの子どもは、なんとも幸せそうな表情でロールケーキを頬張っていた。</p>

<p>今年の1月。第2回「昭島子ども放送局」に向け、昭島の町の取材に出かけた。子どもたちがレポートする町のネタを事前に見つけておくのである。私は「栄楽堂」の事前取材を希望した。それは、子どもたちが1度関わったネタなので、レポートしやすいのではないかという気持ちからであった。店に向かうと、ご主人と奥さんが快く向かえてくれた。</p>

<p>ご主人は30年以上も店を構え、人との出会いを大切にし、そこに喜びや楽しみを見出だしながら仕事を続けてきた。私たちが「大変なことは？」と問うと、ご主人は「無い」ときっぱり答えた。「大変だと思ったら、やらない方がいい。本当に大変だと思ったとき、仕事は終りなのだ」。優しい瞳の奥にある、強い意志を見た気がした。</p>

<p>生産者の顔が見え、消費者にとって安心な地元の素材。ご主人は卵や果物だけでなく、野菜なども使い、日々試行錯誤している。それを支える奥さんは、ご主人のことを「仕事を本当に頑張る人」といい、一方のご主人は、奥さんのことを「なくてはならない存在だ」と照れながら話してくれた。私は、その話を聞きながら、心が揺さぶられる思いがした。</p>

<p>そして、話は冒頭に戻るのだ。どうしてこんなにも強くひかれたのだろう。それはきっと、ご主人の「思い」に触れることができたからではないだろうか。もしかしたら、このお店の、そしてこのご夫婦の魅力を伝えられるのは私だけなのではないだろうか、と感じた。絶対に埋もれさせてはいけない「思い」がここにはあると確信した。</p>

<p>第2回「昭島子ども放送局」を終え、出来あがったVTRを店に届けると、番組を見て昭島ロールを買いにきたという女性に遭遇した。嬉しさと共に、番組の影響力に驚きもした。開発が進む町で、進化を模索し続ける店。しかし、その熱い「思い」は何一つ変わることはない。ご主人に負けないような、ゆるぎない信念。私は見つけられるだろうか。きっと見つけてやる。密かな決意を胸に、私は店を後にした。</p>
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    <title>忘れかけていたもの</title>
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    <published>2006-12-01T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T12:43:08Z</updated>

    <summary> 私は、第32回多摩探検隊の番組プロデューサーを務めた。VTRは昭島子ども放送局。子ども放送局とは小・中学生が地域に根付いた番組を作り、その町の魅力を再発見するプロジェクトである。このプロジェクトを私たちゼミ生がTA（teaching assistant）としてサポートしている。今回は、昭島市立つつじが丘南小学校の6年生が昭島市産業まつりをレポートする内容であった。 準備を整え、待ちに待った当日。...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <![CDATA[<!--第32回「昭島子ども放送局2006」プロデューサー-->

<p>私は、第32回多摩探検隊の番組プロデューサーを務めた。VTRは昭島子ども放送局。子ども放送局とは小・中学生が地域に根付いた番組を作り、その町の魅力を再発見するプロジェクトである。このプロジェクトを私たちゼミ生がTA（teaching assistant）としてサポートしている。今回は、昭島市立つつじが丘南小学校の6年生が昭島市産業まつりをレポートする内容であった。</p>

<p>準備を整え、待ちに待った当日。天気は快晴。初めて会う子どもたちは、素直で人懐っこく、学生とすぐに打ち解けることができた。私は、「昭島市産業祭りの隠れた魅力を探る」をテーマに、どうしたらより子供たちが昭島市の魅力を引き出すことができるかを考えた。そして子供たちには「インタビューするときはあいさつ」「リアクションをする」ことを何度も繰り返し確認し、撮影に向かわせた。実は、このようなりポートは学生にとってもとても難しいものである。子どもたちは、この大役をどうやって乗り切るのか私自身見てみたかった。</p>

<p>撮影は順調に進み、子どもたちも楽しそうにしていた。苦手な大根を試食するレポートやラストのお神輿に参加するという突然の出来事さえも、子供たちは自分の頭で考え、とても面白いレポートにした。そんな子どもたちの頭の柔らかさには驚かされた。</p>

<p>数日後、子どもたちのレポートを多摩探検隊用に編集していると、笑いがとまらなかった。子どもたちの独特の間合いや素直な表情や緊張しながらも懸命にレポートする姿は微笑ましく、また、突然の子どもたちのインタビューにとまどいながらも答えてくれる昭島市の人々の優しさは、今の時代に忘れかけていた何かを思い出させるような気がした。このVTRの暖かさは「表情」にあると思う。大人は、世間体を気にして中々本音を出さなかったり、場を乗り切るための感情のない笑顔の仮面をつけている。しかし、子どもたちはそんなことは気にせず、思ったことや感じたことを言葉にしなくても、素直に表情に出すことができる。単純で最も人間らしいのかもしれない。子ども放送局を担当して気づくのは、このような普段は気がつかない、言葉では表せないような子供たちの不思議な力である。</p>

<p>制作に関わった私は子ども放送局から様々なことを学んだ。一番強く感じたのは「伝える」ということだ。まず、私たちの意志を子どもが理解できるように説明し、それを受けて子どもたちが自分のやり方で伝える。子供たちは、体当たりレポートでも人の心を動かすことができる。用は伝えたい思いとそれについて考えることが大切だと感じた。</p>

<p>最後に、子ども放送局を終えた子どもたちは「昭島の知らないところを知ることができて楽しかった。昭島がもっと好きになった」と言った。昭島に住むたった9人の子どもたちだが、このような感想をもってくれて嬉しい。このVTRは昭島の人の様々な思いと子どもたちの発見が詰まっている。世界に一つしかないかけがえのないものである。小さなことからたくさんの人に幸せをうむ子ども放送局。私は、この感動を自分の心に秘め、子ども放送局で学んだ初心に戻って素直な視点でものごとを伝えることを、忘れずにいたいと思った。</p>
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    <title>「子ども放送局」と私の成長期</title>
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    <published>2004-12-03T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T13:13:49Z</updated>

    <summary> 私は、今「子ども放送局」というプロジェクトを運営している。私は、この1年間で2回の「子ども放送局」を経験した。1回目は、昭島市の子ども達とともに地域のお祭りを2日間に渡って取材した。2回目は、名古屋にある河合塾の英才教育スクールであるドルトンスクールの子ども達とワークショップを行なった。 1回目の「子ども放送局」は、自分自身で精一杯だった。今思えば、自分が何をしたらいいのかさえ理解できていなかっ...</summary>
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        <name>中央大学FLP松野ゼミ Web班</name>
        
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        <![CDATA[<!--「子ども放送局」担当プロデューサー-->

<p>私は、今「子ども放送局」というプロジェクトを運営している。私は、この1年間で2回の「子ども放送局」を経験した。1回目は、昭島市の子ども達とともに地域のお祭りを2日間に渡って取材した。2回目は、名古屋にある河合塾の英才教育スクールであるドルトンスクールの子ども達とワークショップを行なった。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20041203_akishima-dalton_01.jpg" alt="[画像]" width="240" height="180"  /></div>
</div>

<p>1回目の「子ども放送局」は、自分自身で精一杯だった。今思えば、自分が何をしたらいいのかさえ理解できていなかった。そんな中で、1日目に撮った映像を元に編集を行い、翌日、お祭り会場のホールで上映会をした。はっきり言って、その上映会はつらかった。あまりのできの悪さに見るのも恥ずかしく、たった3分もないVTRなのに最後まで見ることが出来なかった。上映後、ホールにいた人たちからまばらな拍手をもらった。そのことが返って、私を悔しい思いでいっぱいにさせた。</p>

<p>そして、私にとって2回目の「子ども放送局」であるドルトンスクールでも同様に、撮影日の翌日に上映会を行うことが予定されていた。上映会と聞いて、前回のことが頭をよぎった。更に、今回は前回と違って、自分一人で3人の女の子のグループを担当することになり、ますます不安も感じた。けれども、二度とあんな思いはしたくない、という気持ちの方が強かった。そして、当日、前回学んだことが気持ちだけでなく、自然と行動にも表れていた。撮影や編集作業にはもちろんのこと、子ども達との接し方においても自分の中で変化が起きていた。たった一度の失敗でここまで変わるとは、自分でも驚いた。</p>

<div class="photo float-r w180">
<div class="photo_image"><img src="../images/20041203_akishima-dalton_02.jpg" alt="[画像]" width="180" height="240"  /></div>
</div>

<p>上映会でも、8分30秒のVTRも目をそらすことなく見ることが出来た。上映が終わった後にもらった拍手は素直に嬉しかった。帰り際に私が担当したグループの女の子が、笑顔で「ありがとうございました」と言ってくれた。その一言が寝ずに編集作業をした苦労も忘れさせてくれた。</p>

<p>「子ども放送局」は「多摩探検隊」と比べても、始まったばかりのプロジェクトだ。私は「子ども放送局」を通じて、たくさんのことを学び、日々成長を感じている。このプロジェクトに関わるまでは、接することのできなった人たちとも接する機会をもらった。特に子ども達から学ぶことは多く、TA（Teaching Assistant）として参加している私の方が、逆に多くを教えられている。だから、私はこれからも「子ども放送局」を通じて、子ども達と一緒に成長していきたいと思う。</p>
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    <title>子どもに触れて思うこと</title>
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    <published>2004-12-02T03:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-01T13:21:24Z</updated>

    <summary>私は今、｢子ども放送局｣という番組を作っている。｢子ども放送局｣とは、FLP松野ゼミが｢多摩探検隊｣と併用して制作している番組で、今回で6回目を迎える。その内容は、子ども達が自分たちの学校や地元の様子を紹介するといったごく簡単なもの。しかしながら、作る方はとても大変。なんせ、番組制作経験のない子ども達に、カメラの使い方・撮影の仕方などを教え、実際に一つの番組を作り上げるのだから。 去年の秋、昭島市...</summary>
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        <category term="その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="昭島子ども放送局" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>私は今、｢子ども放送局｣という番組を作っている。｢子ども放送局｣とは、FLP松野ゼミが｢多摩探検隊｣と併用して制作している番組で、今回で6回目を迎える。その内容は、子ども達が自分たちの学校や地元の様子を紹介するといったごく簡単なもの。しかしながら、作る方はとても大変。なんせ、番組制作経験のない子ども達に、カメラの使い方・撮影の仕方などを教え、実際に一つの番組を作り上げるのだから。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20041202_akishima-dalton_01.jpg" alt="[画像]" width="240" height="180"  /></div>
</div>

<p>去年の秋、昭島市の小学生と一緒にお祭りをレポートする番組を作ったのが、私が「子ども放送局」に参加するきっかけだった。私はその時、TA（Teaching Assistant）のうちの一人として参加した。TAとは小学生にカメラの使い方や、撮影の仕方を教える人の事であって、小学生のサポート役である。その時に、初めて子ども放送局のプロジェクトに関わって、しかもTA初体験だった私は何をしたら良いかもさっぱり分からず、飛んで来る指示にしたがっていただけだった。しかし、そうしているうちに気付いたら立場はTAではなく、ディレクターになっていた。するはずでなかった編集も任され、眠らずに編集もした。</p>

<p>そして私は、気がつけば｢子ども放送局｣のプロデューサーになっていた。</p>

<p>3月28日、2004年度最後のTOEFL終了後すぐ、私は新大阪行きの新幹線に乗った。下車駅は名古屋。その目的はそう、｢子ども放送局｣を撮るため。</p>

<div class="photo float-r">
<div class="photo_image"><img src="../images/20041202_akishima-dalton_02.jpg" alt="[画像]" width="240" height="160"  /></div>
</div>

<p>私たちが今回｢子ども放送局｣を作り上げる為に訪れたのは、名古屋は千種にある英才教育学校ドルトンスクールである。ドルトンスクールとは、簡単に言えば小さいころから通える塾のようなもので、有名な河合塾が経営している。そこに通う生徒たちはIQ180を超えるとさえ聞いていた。初めて訪れる名古屋、初めて接するIQ180の子どもたち。そんな初めて尽くしに私は少し緊張していた。少しの不安もあった。しかし、それを上まわるぐらいの期待もあった。撮影と編集に当てられた二日間。それはとても忙しく、まるで風のように通り過ぎていった。</p>

<p>私個人としては、二度目の｢子ども放送局｣。一回目は自分で精いっぱいになっていて見えなかったものが、今回は不思議と見えてきたように思う。初めて一人での編集を経験し、自分の力にも少し自信がついた。前は納得いっていたものも、納得できなくなり、もっとこうしたいと思えるようになった。子どもの個性を引き出すことも難しさも身にしみた。子供への愛情も人一倍になった。それらは、「多摩探検隊」の活動だけでは気付かなかったことだろう。偶然にしてなった「子ども放送局」のプロデューサー。しかし今は、それが嬉しくてたまらない。子ども達の外に向かおうとする強い力。道行く人の子供たちに自然と向ける笑顔。今まで忘れていた子どもの視点で物事を考える事。子どもの持つ、人をやさしくさせたり、和ませるような不思議な力。そういったものに、囲まれ、毎日が新しい発見や刺激となっている。だからこそ、子ども放送局は辞められない。</p>
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